History of Montagne in Japan

【日本でのモンターニュの歴史】



1983年の秋に、ニモというフランスのモンターニュを母に持つ雌のサンシャイン(Feerique Ruisseau de Pastoure)が、マダム桜本のチェリーヒロ犬舎に入り、日本で初めてフランスの血をもたらしました。この犬は、フランスからではなく、カナダのクラブ会長のスコット氏から譲り受けた犬で、83年のカナダのナショナル・スペシャリティ・ショーで優勝してから来日しています。

当時は、フランスとのルートがなく、カナダを経由しなければ手に入らなかったようです。サンシャインの交配相手にと1984年来日したウクセン(Uxem du Grand Baou)も又、スコット氏の犬舎よりお借りするしかありませんでした。ウクセンは、以前からチェリーヒロ犬舎にいたイギリスの雌犬ベス(Zalute Zinnia)とも交配し、2頭の美しい母犬からフランスタイプの素晴らしい仔犬達が生まれています。1985年には、サンシャインと同じニモを母に持つ雄犬シールド(Ventisquero's Cosmic Rocker)がカナダから来日し、サンシャインとのラインブリードも行われました。


そして、いよいよモンターニュの出番です。原産国のスタンダードを遵守するというポリシーの元、マダム桜本の奮闘が始まりました。しかし、フランスから直接入れるには、まだまだ前途多難な時期で、やはり、カナダのスコット氏の力を借りる他なかったのです。マダム桜本の為に、フランスの13もの犬舎を回り、雄雌1頭ずつのモンターニュを選んでくれました。

選ばれたのは、ヴァル・フィエール(Val Fier du Duche de Savoy, バール *コールネーム)とアマドゥ(Amadou du Pic de Viscos, アマデュー *コールネーム)です。バールは、一旦カナダに渡り、そこでチャンピオンを完成してから1986年日本にやって来ました。遅れてフランスから直輸入されたのが、アマデューです。2頭の間には、1988年2月に初めてモンターニュと言える仔犬達が誕生しました。バールとアマデューが一躍有名犬になったのは、「久月」のCMに登場してからです。お雛さまのCMで、女の子と一緒に出演したのがヴァール、五月人形の方は男の子とアマデュー、犬の大きな体にもたれかかった微笑ましい光景を、今でも覚えていらっしゃる方がいるかもしれません。最近でも、テレビCMでピレネー犬が活躍している姿を、よく目にします。


さて、マダム桜本は、1990年秋にフランスからRACPの当時のマンセンカル会長とぺクゥー事務局長を、日本に招待しました。熱海と久留米でのミィーティングには、沢山のピレファンが集まったと聞きます。両氏は、晴海で開かれたドッグショーのジャッジも引き受けました。マダム桜本の熱意が伝わったのか、翌年には雄のオッソー(Foy de la Vallee des Troglodytes)が来日します。オッソーの父犬は、90年のフランスのチャンピオンBassy de Cabros、母犬はCoueyla du Comte de Foixです。とても大きさを感じさせるモンターニュでした。

1992年には、フランスより冷凍精液を輸入し、日本で初めての犬の人工授精を試みます。しかし、現在ほど、日本の獣医学の現場は進んでいなかったのでしょう。冷凍精液の保管に関しても、人工授精そのものにしても、フランスよりかなり遅れていたようです。1992年11月に実施した人工授精で、翌年の1月にやっと雄と雌の2頭の仔犬が生まれました。アヤリックの冷凍精液を、フランソワーズに受精させた結果です。雄の方は間もなく死んでしまいますが、雌のコートレは、10歳近くまで長生きし、何頭もの子供達を出産しました。


1994年には、マダム・ニオレのヴァル・デ・シャン・ドール犬舎より、雄のイザリック(Isalik du Val des Champs D'or)と雌のイザボー(Isabeau du Val des Champs  D'or)の2頭がやって来ました。この2頭は、父方の祖父ダゴベール(Dagobert de la Griffe D'ours)と母方の祖父アヤリック(Ayalik du Patou des Neiges)の血統という、素晴らしい血を受けたモンターニュです。

残念ながら、この後は、フランスから新たなモンターニュが来ることはありませんでした。しかし、大きく美しいモンターニュを、この日本にもたらしてくれたフランスの犬達。その魅力を堪能した我々は、君たちを決して忘れることはないでしょう。マダム桜本のたゆまぬ努力と熱意に、心から感謝したいと思います。しかし、ブリーダーとして、後継者を育てられなかったことは、本当に残念です。

どの犬種のブリーダーにも共通していると思いますが、気力、体力、経済力のどれか一つでも欠けると、ブリーディングの仕事は出来なくなってしまいます。情熱を持ち続けることは可能でも、沢山の犬を管理する体力がなくなれば、終わりです。誰か人を雇うにしても、今度はお金が必要になって来ます。新しい血統の犬を入れるのにも、経済力が物を言います。信頼出来る後継者が見つかればいいのですが、それも難しいでしょう。もし、自分自身でピリオドを打つのであれば、そのタイミングをきちんと計らなければいけません。物の在庫を抱えているのではなく、大切な命を託されているのですから…。
 

マダム桜本が亡くなって、もう10年以上という時間が流れ、現在、日本にはモンターニュは1頭もいません。